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主催事業情報 2022/4/23 【インタビュー】中田恵子(オルガン・アドバイザー)

オルガン・アドバイザーの中田恵子さんに聞く
「オルガンの魅力、面白さを感じてもらい、音楽の“源流”を辿ってもらえたら」
 

―神奈川県民ホールのオルガン・アドバイザーを務めての1年。そしてこれから・・・

神奈川県民ホール 小ホールの客席で Ⓒ平舘平

 昨2021年4月から神奈川県民ホール(以下: 県民ホール)のオルガン・アドバイザーを務める中田恵子さん。どうやら中田さんの中には、幼少の頃からこうなるべく「羅針盤」が備わっていたらしい。これまでの活動の振り返り、そして今後の展望について語ってもらった。

 

 

 

県民ホールのオルガン・アドバイザーとなって

 

 県民ホールが開館したのは1975年。その時から小ホールにはドイツのクライス社のオルガンが備わっており、以来たくさんのオルガン・コンサートが開かれている。なんと、それはまもなく通算400回にも。中田さんは2014年に留学から帰国し、プロのオルガニストとして活動しているが、こうした伝統のある県民ホールのオルガン・アドバイザーに指名されることにプレッシャーはなかっただろうか?

 

中田 それはもちろんありました。アドバイザーという響きからもう少しキャリアを積んでいないとならないような気がして「私で大丈夫かな」という不安も。でもだからこそ選んで頂けて本当に嬉しかったです。

 

 中田さんは、それまでにも何度か県民ホールに出演している。そのオルガン演奏、プログラミングにおける企画力など、同世代では抜きん出ていたからこその指名だった。ただ、2020年の春からコロナ禍となったこともあり、その打診は急だった。就任後は企画、人選、プログラミングなどあまりにも忙しくガムシャラで、プレッシャーどころではなかったそうだ。

 

中田 今振り返ってみると全て貴重な経験となりました。オルガン・アドバイザーになったおかげで1年前と今の私では少し変わったのではないかとも思っています。(アシスタントは必要なものの)オルガンは基本的には一人で弾くものですから、孤独で一人よがりになることも。でもアドバイザーになってからは、スタッフの皆さんとディスカッションしながら企画などをチームで進めていくことが楽しいです。そしてそれが演奏家としての自分に大きな刺激になり、結果自分も成長させることが出来たのでは?とも思っています。例えば自身のリサイタルで委嘱作品をやろうとはなかなか思いつきません。でも昨秋のリサイタルでは、県民ホールからの提案のおかげで作曲家の鈴木純明さんとの出会いもありました。「これをやってください」という提起があり、その課題をクリアすること、そのために複数の人たちと関わっていくことで多様性、創造性が膨らんでいきました。私自身の世界の広がりが良い相乗効果を生み、お客様にも喜んでいただける結果に繋がったかなと思います。

 

「中田恵子 オルガン リサイタル」より カウンターテナーの青木洋也と (2021年10月9日) Ⓒヒダキトモコ

 ここで話している中田さんのリサイタルは昨秋10/9に行われ、満席となった。J.S.バッハのほか、グリニー、ボエルマン、デュリュフレなどのフランス作品および、フランスで学んだ鈴木純明の委嘱新作が並び、これらは「グレゴリオ聖歌」をテーマとしたプログラムだ。

 ここで中田さんのオルガンとの出会いを振り返ってみよう。

 


オルガンとの出会い

 

中田 小さい頃からピアノを習っていました。練習は嫌いでしたが、〈インベンションとシンフォニア〉など、バッハの曲を弾くのは大好きだったんです。ただ何となくバッハの曲はピアノじゃない音の方が合うような気がしていました。そこで家にあった電子キーボードで「パイプオルガン」や「チェンバロ」、「フルート」などの音色をセレクトして弾いて遊んでいました。実際に当時はパイプオルガンを見たことないも聴いたことも無かったのですが「あ、この音で弾く方が楽しい!」と思っていました(笑)。

 

 既にオルガニストへの道筋が見えているではないか。しかしその後、成長して進路を決めるとき、中田さんが選んだのは一般大学だった。

 

中田 東京女子大学に入学し、そこで出会ってしまったんですね。ミッション系の大学でしたからチャペルがあり、そこで頭上から礼拝堂にから降り注ぐパイプオルガンの響きを聴いたとき、「これだ!私はずっとこの音でバッハを弾きたかったんだ。」と、雷に打たれたように思いました(笑)。

 

 中田さんは趣味的にではあったがすぐオルガンを習い始め、ほどなく一念発起。東京芸術大学に入学し、パリにも留学。ついには第11回アンドレ・マルシャル国際音楽コンクールで優勝したのだった。

 

中田 オルガニストになる、と決めて芸大に入ったとき、当然周りは自分より若い人が多かったから、「遠回りしたな」と思いました。でも、こうして県民ホールのオルガン・アドバイザーになって振り返ってみると、音楽大学ではない環境で勉強したことは、一般的な視点を持つことにつながったと思います。オルガンにもクラシック音楽にも親しんでいない人に「どうやってオルガンの面白さを伝えるか」を考えるにあたって“貴重で有益な遠回り”だったのでは?と今は思っています。

 

 「すべてに時がある」とは聖書の言葉だが、中田さんにとってのオルガンと出会う「時」があったのだ。
 ところで中田さんが県民ホールのオルガンに初めて触れたのは、実はその芸大を受験する直前だったそうだ。

 

中田 当時学んでいた先生から、芸大の入試で弾くオルガンがドイツのヨハネス・クライス社のオルガンなので、試験前に同じクライス社のオルガンがある県民小ホールで弾いておくのがいい、と助言を。それで弾かせてもらったのが、ここのホールのオルガンとの出会いです。

 


県民ホールのオルガンのこと

神奈川県民ホールのオルガン Ⓒ東郷洋

 ところで県民ホールのオルガンについて。
 先にも触れたように、1975年のホール開館時から小ホールにはクライス社の中規模程度のパイプオルガンが設営されている。そのためここではドイツ音楽が演奏されることが多かったが、スタッフからは、パリで勉強しフランスのコンクールで優勝している中田さんに、公演等におけるレパートリーの幅を広げてもらえればという期待があったそうだ。

 

中田 オルガンという楽器は、それぞれの“時代”と“国”で違いがあります。例えばフランスのオルガン曲には、どういった音色で弾くか、そのストップが作曲者によって指定されていること多いのですが、その音色は各時代においてフランス特有のもので、ドイツ製の楽器にはそれに匹敵するストップがなかったり、あったとしてもフランス製とは音色が違ったりすることがあります。 現代に作られているオルガンはどんどん時代にアップデートしていて、バロックから近現代の曲まで万遍なく、国も超えてある程度カバーできるようになっているものも多いのですが、県民ホールのオルガンでフランス作品に対応するにはそれなりの苦労がありました。スタッフからの希望はある種のムチャぶり(笑)。でもそんな苦労があったから、よりエネルギーを注いで挑戦できたとも言え、“課題”を乗り越えた気分です。

 

ところで県民ホールのように、公立の「小ホール」にオルガンがあるのは珍しい。こうした空間でのオルガン公演には特色が生まれるのでは?

 

中田 そうなんです。大ホールに置かれているオルガンの多くは、高い所に位置してお客様との距離もあり、オルガニストが遠い存在に感じてしまいますよね(笑)。430席の県民小ホールは聴衆との距離が近く、オルガンそのものを身近に感じられる貴重な環境。それを活かした企画を立てて、オルガンってこんなに面白いんだ!と感じてもらえたらと思っています。
私のリサイタルでは横にカメラを置いて、弾いている様子をプロジェクターで壁面に写してみました。オルガニストってやっていることが忙しいんですよ。足鍵盤もあるので、手足を動かす全身運動ですし、楽器操作も複雑です。でも大体その様子は見えないので、どんなに難しいことをしていても実際には伝わりません。こうしたことを敢えて見せる・・・ちょっとパフォーマンス的ではありますが、オルガン音楽に興味がないお客様も視覚から楽しんでくださるのでは?と思いました。実は事前に反対意見もあったのですが、やってみたら好評でホッとしました。


忙しいといえば、オルガニストにとっての音作りは「レジストレーション」といって、公演前に何度かホールに通い、どのストップを使いどのような音色にするのかを決めなければなりません。レジストレーションは、言ってみればピアニストがタッチによって音色を変化させるのにも相当する作業だと思います。とても大事な工程だし、こだわりたい部分です。レジストレーションを決めていく様子などもお見せできたら案外面白いかもしれませんね。

 


今後の展望ほか

オープンシアター2019より テノールの山本耕平とパイプについて解説 (2019年6月2日) Ⓒ岩田えり

 さて2020年からのコロナ禍によりその年の公演は、「プロムナード」なども含め、ほとんど中田さんがオルガン・アドバイザーに就任した2021年に繰り越しとなった。
 

中田 これから本格的に色々と企画を考えていけるかなと思います。今年のプロムナード・コンサートでは、小ホール全体のテーマでもあるCxCも加味し、出演される皆さんにはプログラムにメシアン作品をプログラムのどこかに取り入れて頂くことにしました。近代フランスを代表する作曲家の一人、オリヴィエ・メシアンは今年で没後30年です。メシアンのオルガン作品は県民ホールのオルガンでも充分魅力的に響くと思いますし、多くの方に聴いてもらいたいですね。もしかしてメシアンと聞いて構えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、難しく考えずにメシアンの色彩豊かなオルガンの響きに浸って頂きたいです。オルガンの新しい魅力も発見できると思います。またメシアン以外のプログラムも充実しています。出演いただくオルガニストの皆さん、素晴らしいプログラムを考えてくださっているので私も今から楽しみです。

 

中田さん自身、かつてメシアンの音楽と初めて出会ったときはどうだったのだろう?

 

中田 実は初めて聴いた時は、なかなか理解が及ばず(笑)。でもパリに留学して、メシアンがオルガニストを務めていたサン・トリニテ教会で彼のオルガン作品を聴く機会があり、印象が大きく変わりました。残響豊かな石造りの大聖堂で頭上から降ってくるその音は、神秘的でまるで音に聖霊が宿り舞っているかのようでした。先ほど申し上げたように、時代や国によってオルガンは変化するのですが、メシアンはこのオルガンの音や響きをイメージしてああいう曲を書いたんだな、と腑に落ちました。今では好きな作曲家の一人です。

 

中田 西洋音楽の源流はキリスト教文化にあると思います。初めは、神様を賛美するところから音楽が発展していったのではないでしょうか。それを支えてきたオルガンはクラシック音楽の歴史において非常に重要な楽器だと思います。オルガンはともするとマイナーな楽器に思われがちですが、実は西洋音楽に携わる方なら誰でも、本質的にはどこかで繋がりがあるかもしれない楽器なのです。そう考えると多くの人にとって実は身近な存在になり得るのではないかと思います。音楽の源流を辿ってオルガンに出会ってくれたら、嬉しいですね。

 

どこまでも前向きに熱く語る中田さん。
 中田さん自身は今年度、オープンシアターや視覚障がい者向けのコンサート、また2025年の県民ホール50周年に向けてのジャンルを横断したコンサートなどにも出演する予定だ。

 

中田 オルガンが好きな方にはもちろん、幅広く多くの方にオルガンというものを楽しんでいただけるように、色々な企画をこれからも考えていきたいです。先ほどお話に出た、レジストレーションを決めるとことろからコンサートまでの流れを追う、オルガニストのドキュメンタリー的なものを作ってみるのも面白いかもしれませんね!

 

県民ホールのオルガン企画に、これからさらにご期待ください。

 

 

Ⓒ平舘平

中田 恵子 NAKATA Keiko, organ
東京女子大学文理学部社会学科卒業後、東京藝術大学音楽学部器楽科オルガン専攻卒業。同大学院音楽研究科修士課程を卒業時、修士論文ではJ.S.バッハ《トッカータ ハ長調》(BWV564)をめぐる演奏解釈を論じ、日本オルガニスト協会年報誌JAPAN ORGANIST 第38巻に掲載される。その後渡仏。パリ地方音楽院で研鑽をつみ、審査員満場一致の最優秀の成績で演奏家課程を修了。これまでにオルガンを湊恵子、三浦はつみ、廣野嗣雄、廣江理枝、クリストフ・マントゥの各氏に師事。チェンバロを大塚直哉、鈴木雅明、ノエル・スピートの各氏に師事。
2013年にフランスのビアリッツにて行なわれた第11回アンドレ・マルシャル国際オルガンコンクールにて優勝。併せて優れた現代曲解釈としてGiuseppe Englert賞を受賞する。帰国後もヨーロッパ、ロシアで演奏ツアーを行うなど、国内外で幅広い演奏活動を行う。2016年〜2019年、東京芸術大学教育研究助手を務め、現在、(一財)キリスト教音楽院講師、国際キリスト教団代々木教会パイプオルガンクラス講師、玉川聖学院オルガニスト、日本基督教団鎌倉雪ノ下教会オルガニスト。(一社)日本オルガニスト協会会員、日本オルガン研究会会員。2019年、キングインターナショナルよりデビューCD「Joy of Bach」をリリースし、「レコード芸術」9月号の準特選盤に選ばれる。また、フランスの音楽誌Diapasonにおいても、音叉5つ獲得という高い評価を受けた。2021年4月より神奈川県民ホール オルガン・アドバイザーに就任。

 


C×Organ(シー・バイ・オルガン) オルガン・コンサート・シリーズ

2022年度ラインアップ

 

バッハから現代音楽まで、自由で楽しいオルガン音楽!

Composer, Classic, Contemporaryの3つの「C」とオルガンを自由な発想でクロス!気軽に楽しむプロムナードから聴き応えのあるリサイタルまで、オルガン・アドバイザー中田恵子の監修のもとオルガンの多彩な魅力をお届けします。

 

ロレンツォ・ギエルミ オルガン リサイタル

【日程】2022年6月12日(日) 【会場】小ホール

 

オルガン クリスマス コンサート

【日程】2022年12月24日(土) 【会場】小ホール

出演:徳岡めぐみ(オルガン) ほか

 

プロムナード・コンサート ~金曜日、オルガンで会いましょう~

1975年の開館から続くシリーズ。お散歩気分で気軽に立ち寄り、1コイン(500円)で楽しめるコンサートです。

【ランチタイム・プロムナード】 12:10開演 小ホール

【ナイト・プロムナード】 19:00開演 小ホール

【アフタヌーン・プロムナード】 14:00開演 小ホール