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主催事業情報 2021/11/3 【曲目解説 特別公開】C×C(シー・バイ・シー) 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.1 山本裕之×武満徹
11月6日に開催が迫る「C×C (シー・バイ・シー) 作曲家が作曲家を訪ねる旅 山本裕之×武満徹」の曲目解説(公演プログラム掲載)を特別公開いたします。
|山本裕之作品 解説
山本裕之(本公演監修・作曲家)
●紐育舞曲
ヴァイオリン、ピッコロ、バス・クラリネット、フリューゲルホルンとピアノのための(2016)
私には「地名+舞曲」という名の作品があり、これは《東京舞曲》(2013)に続く2作目である。地名はその曲が初演される土地の名前である。
この舞曲シリーズの曲では、あたかも「どこかの架空の国の舞曲」を模しているかのような特徴的な音型パターンがくり返される。そしてくり返されるごとに微妙に変容していくため、不定型なちょっとつかみどころのない感覚も併せ持つ。
しかしこのようなパターンの繰り返しは私の他の曲でもよく出現している。実は舞曲シリーズではその作曲手順に特殊性がある。はじめに楽器の音色を一切考慮せずにピアノ譜で音を決めていき、後からそれらの音を各楽器に割り振る。これは音色や音響を主眼とする傾向にある現代音楽において通常は採られない曲の書き方だが、そこにさらに一般的でない楽器の組み合わせ(五重奏)を設定すると、無理につじつまを合わせたような音の割り振りになる。いわゆる洗練さから距離を置いたぎこちない音楽になり、私はむしろそこが気に入っている。
「ミュージック・フロム・ジャパン」(ニューヨークで日本の現代音楽を長年紹介している組織)による委嘱。
●輪郭主義II
事前録音されたヴィブラフォンとピアノのための(2010/18改訂版舞台初演)
2010年以降、「輪郭主義」というシリーズの曲を8曲書いた。このシリーズでは、「4分音のぶつかり」を強調している。
4分音とは、普通のピアノの鍵盤のように1オクターヴを12に分割するのではなく、さらに倍の数、つまり24に割ると得られる非常に狭い音程である。通常のピアノの音に対して他の楽器が4分音程でぶつかると、固定されているはずのピアノの音が歪んで聞こえるという不思議な聴覚現象があり、この特質を利用したのが「輪郭主義」のシリーズである。《輪郭主義II》はもともと2台のヴィブラフォンのために書き、初演では一方をコンピュータで4分音ずらしたものをスピーカーで流し同時演奏したのだが、期待ほど歪みの効果が得られなかったため、のちにこのずらした音源に対して生演奏パートをピアノにし、完全に新しく書き換えたのが現行のバージョンである。このバージョンは私のCD『輪郭主義』(ALMRecords, ALCD-121)のために書き下ろしたもので、今回は舞台初演となる。そしてヴィブラフォンの音源はオリジナルバージョン初演時の加藤訓子さんによる録音をそのまま使っている。本日のピアノの中村さんは加藤さんとお会いしたことがないと聞いているので、この演奏は「疑似共演」といえるだろう。人間同士のリアルな意思疎通が排除されているが、厳密なアンサンブルが要求されるため、非常に演奏が難しい。
●輪郭主義IV
フルート、ヴァイオリンとピアノのための(2013)
「輪郭主義」シリーズにおいて、ピアノに対して4分音をぶつけるのは、なにも一つの楽器である必要はない。輪郭主義のアイデアは「ピアノ対なにか(の楽器)」なので、発想が「デュオ」であることにかわりはないが、《輪郭主義IV》ではフルートとヴァイオリンが併せてその役を担う。この二楽器は当然ながら音色も発音方式も違うので、ピアノとのぶつかり方のニュアンスが多少異なる。いずれにせよピアノの音は歪むのだが、関わる音色が増えるとそれはアンサンブルの奥深さにも繋がる。
輪郭主義のシリーズでは、ピアノの音を効果的に歪ませるため、楽器同士のぶつかりを強調するように書くことになる。たとえばスタッカート(短音)ではなくテヌート(音を保つ)、細かく動くよりもじっくり鳴らす、というふうに。また楽譜の冒頭にはaderente という表記があり、これは「粘っこく」という意味になるが、そのような変な指示は通常書かれない。いうなれば、作曲するうえでのイメージよりもコンセプトの方が作品の性質や書法に強く影響を与えるということになり、「輪郭主義」に限らず近年の私の作曲はだんだんこのような傾向が強くなっているような気がする。
●横浜舞曲
クラリネット、ハープ、ヴィブラフォン、ギターとチェロのための(2021・初演)
前述した「舞曲シリーズ」にある編成やくり返される音型パターンの特質と、輪郭主義で続けてきた「4分音の歪み」を合わせる試み。前半に演奏された武満の《雨の呪文》で施されたハープの4分音調弦を、そのままこの曲に流用した。武満のこの指定は和声的な響きの拡張を目指したものともいえるが、私は同じ調弦を用いながら「4分音でぶつける」という方に興味が行く。ついでにギターも高音の1本のみ4分音ずらしてあるが、そもそもハープとギターは「不自由なところが面白い」と武満が好んだ楽器である。それを武満に対するリスペクトと取っていただいてもかまわないが、ヴィブラフォンの使用も合わせて両曲のフォーマットを近づけることにより、私と武満との、たとえば生きた時代、興味の方向性、書法、作曲に対するスタンスなどの違いがより顕在化されるのではないかと思う。
|武満徹作品 解説
三橋圭介(音楽評論家)
●雨の呪文
フルート、クラリネット、ハープ、ピアノとヴィブラフォンのための(1982)
武満徹には「水の風景」と題されたシリーズがある。タイトルに「雨」を含み、この《雨の呪文》(1982)は《雨の庭》(74)、《雨の樹》(81)、《雨ぞ降る》(82)などと共にそのシリーズの1曲をなしている。テーマは生命の根源である水が流動しながら最後に海(調性)へとそそがれることである。
曲は主に3人のアンサンブルが循環しながらいくつかのエピソードを提示し、途中、短いデュオ、ソロを挟んでいく。アンサンブルの呼吸や間から独特な色彩のグラデーションを生むが、特に琴を思わせるハープは曲の要となっている。中低域の5つの音(レ・ラ・シ・ド・ファ)が四分音上下に調弦され、ピッチのズレや特殊奏法などによって、呪文風の効果を生んでいく。また、西洋と東洋が水の流れに注がれて出会う雨の儀式ともいえ、最後の小節ではピアノ(西)、ハープ(東)、ヴィブラフォン(西)の区切られた音がこだまするように曲を閉じる。楽譜は定量記譜とプロポーショナルな記譜の両方が使われている。1982年日本の現代音楽アンサンブル、サウンド・スペース・アークの10周年を記念して作曲され、1983年1月19日神奈川県立音楽堂で初演された。
●スタンザII
ハープとテープのための(1971)
《スタンザⅡ》(1971)は1969年の室内楽《スタンザⅠ》につづく作品で、2つの作品に関連性があるとすれば《スタンザⅠ》の楽器の運動性や多層性にあり、言い換えるなら自在に開かれた空間性である。ウルスラ・ホリガーの委嘱により1971年に作曲され、1971年10月28日、パリで3日間行われた「現代音楽の日々・武満徹の音楽」で《ユーカリプスⅡ》と共にホリガーによって初演された。
曲は特別に調弦されたハープとテープとの交唱的な作品で、ミュジック・コンクレートによるテープ部分はハープの音(篠﨑史子、木村茉莉による)を変調させた鐘のような音、ドローン(嬰ヘ音の持続音)、そして鳥や人の声からなる。「スタンザ」とは定形詩のひとつのまとまり「連」のことで、4行詩を意味する《カトレーン》と同種のものである。また曲は3つの異なる信号によって変調、増幅することが可能なヴァージョンも存在し、今回はこのヴァージョンで演奏する。武満は自作解説のなかで次のように書いている。「これは真昼の情景であり、石は沈黙を破って言葉を交わし、鳥は影を落とすことなく中空をよぎる。音楽は舗道のたたずまいに等しく過ぎ去るものであり、沈黙をふちどる」。
●サクリファイス
アルト・フルート、リュートとアンティークシンバルを伴うヴィブラフォンのための(1962)
《サクリファイス》(1962)は《リング》(61)、《ヴァレリア》(65)と共に3部作をなしている。2曲目のこの作品は初期のピアノ曲《遮られない休息》のように、小節線なしに音符が五線紙に自在に並べられており、音の出入りの自由さをあらわす多彩なパッセージが各楽器に組み込まれている。全体は2曲からなり、Chant1は時計時間(秒数)が決められ、Chant2では小節線はあるものの1小節の長さが「M.M.=30」などとなっている。すなわち演奏は奏者の自由にゆだねられ、3人の内的なタイミングや呼吸によって創造されていく。タイトルの「サクリファイス」とは神への捧げものを意味する。1962年11月17日、東京現代音楽祭(朝日講堂)で若杉弘(指揮)、野口龍、大橋敏成、岡田知之によって初演された。
武満は初演のノートで「私は作曲という行為をー積極的な意味においてー次のように考えています。音たちが劇的に出会う環境を創ること」と書いている。また出版譜には次のようにある。「この作品は特定の宗教のために書かれたものではないが、私の想像-厳密には私の聴覚的な想像世界-のうえでひとりの神に捧げられている。Chant と題したのはそのためであり、私は音楽の形は祈りの形式に集約されるものだと信じている。私が表したかったのは静けさと深い沈黙であり、それらが生き生きと音符にまさって呼吸することを希んだ」。
●カトレーンII
クラリネット、ヴァイオリン、チェロとピアノのための(1977)
《カトレーンⅡ》は4人の室内楽グループとオーケストラによる《カトレーンⅠ》(1975)の室内楽部分の独立した改作として1976年秋から77年にかけて作曲された。武満によると、メシアンから受けた《世の終わりのための四重奏曲》(この曲と同じ編成)の楽曲分析の経験が反映されているという。曲名は先に書いたように「4行詩」の意味で、4人の演奏家、そして4の数が曲全体を支配している。また曲名を「カトレイン」と書き直すと「レイン(雨)」があらわれ、「水の風景」の作品になっていることがわかる(グリッサンドは雨をもたらす雲である)。1977年3月18日ボストンのニューイングランド音楽院で、曲を委嘱した音楽グループTASHIによって初演された。
序奏のあと、非常に遅い4+4小節のクラリネット、チェロ、ピアノによる主題が提示され、ここで和声や色彩の可能性が開示される。さらにそこから派生して4楽器のユニゾンによる副次主題などがあらわれる。これらが旋法を基礎に短いカデンツを挟み、不定形な色彩の揺らぎを作りながら変奏されていく。最後は5度で堆積しながら上昇し、鐘のようなピアノの響きで静かに曲を閉じる。
公演概要
C×C (シー・バイ・シー) 作曲家が作曲家を訪ねる旅 山本裕之×武満徹
2021年11月6日(土)15:00開演 小ホール
プログラム
山本裕之:紐育舞曲 ヴァイオリン、ピッコロ、バス・クラリネット、フリューゲルホルンとピアノ**のための
武満徹:雨の呪文 フルート、クラリネット、ハープ、ピアノ**とヴィブラフォンのための
山本裕之:輪郭主義II 事前録音されたヴィブラフォンとピアノ*のための 加藤訓子(ヴィブラフォン)
武満徹:スタンザII ハープとテープのための
武満徹:サクリファイス アルト・フルート、リュートとヴィブラフォンのための
山本裕之:輪郭主義IV フルート、ヴァイオリンとピアノ**のための
武満徹:カトレーンII クラリネット、ヴァイオリン、チェロとピアノ*のための
山本裕之:横浜舞曲(神奈川県民ホール委嘱作品・初演) クラリネット、ハープ、ヴィブラフォン、ギターとチェロのための
出演
石上 真由子(ヴァイオリン)
山澤 慧(チェロ)
丁 仁愛(フルート)
岩瀬 龍太(クラリネット)
佐藤 秀徳(フリューゲルホルン)
高野 麗音(ハープ)
大場 章裕(打楽器)
土橋 庸人(リュート&ギター)
中村 和枝(ピアノ) *
大瀧 拓哉(ピアノ)**
有馬 純寿(エレクトロニクス)
チケット料金
全席指定 一般¥4,000 学生(24歳以下・枚数限定)¥2,000
セット券(本公演&1/8「川上統×サン=サーンス」)¥7,000