コロナ禍において、実践を伴う講座の開催は困難です。リモートで座学主体の講座という選択肢もありますが、体験してこそ理解が深まるテーマもあります。当財団スタッフを対象に行った今回の白杖講座もそうでした。視覚に障害のある方が世界をどう捉えているかを知るには、自ら体験してみないと理解に近づけません。
参加者同様に講師も外から招かず自前で行った今回、進行を考えるうえで気にかけたのは、白杖体験を恐怖体験にしないことでした。もしただの恐怖体験に終わったら、当事者に対して「可哀そう」という感情を抱く可能性があります。可哀そうだから「助けてあげる」という間違った結論に至らないよう、3つのステップで講座を進めることにしました。
■ステップ1 視覚情報の重要さを知る
集合してすぐに白杖歩行を行いました。クロックポジションを用いた誘導方法を説明した後に、白杖役と誘導役の二人一組を作ります。歩くコースは大ホール2階席ロビーの端から端まで。途中に障害物はなく、隣には誘導役も付いていて、不安を感じる要素は何もないはずでした。でもいざスタートの号令をかけると、多くの参加者が動けなくなりました。
見えない状態で歩き始める瞬間に感じる不安は、本人の予想を大きく上回ります。頭では安全だと分かっていても、目で見て確認しない限り不安は消えません。人がいかに視覚情報に依存して生活しているかを、最初のステップで体験しました。
■ステップ2 視覚に頼らない世界の存在
歩行体験の後は、視覚障害についての基礎的な知識をざっと学びました。視覚障害の定義と種類、見えないと見えにくいの違い、国や組織によって異なる障害レベル認定と配慮義務...などです。
続いて今回のメインである、視覚以外の感覚器官による情報採集と活用へ移ります。具体的には、聴覚、触覚、嗅覚から得た情報と、それを頭の中で統合して地図化するプロセスのことです。当事者の方は、何も描かれていない頭の中の地図に、音響式信号機や点字ブロック、そしてコンビニの扉のチャイム音やマクドナルドのポテトの匂いといった、思わぬ手がかりを描き込んで一本の道を作り上げます。その例を、県民ホールHPからリンクしている「ことばの道案内」を読み上げながら検証しました。
語弊のある言い方かもしれませんが、見えない世界への好奇心と、見える人とは違う感覚器官で世界を把握する人たちへの関心を持ってもらうことを、ここでの目的としました。
■ステップ3 見えない世界を歩く
最初の不安が徐々に好奇心へと変わったところで、再び白杖歩行の時間です。今度のコースは2階の事務所入り口前から、正面玄関経由で外階段までに変えました。このコースには幾つか環境の変化が用意されています。事務所前の狭い空間から天井の高い吹き抜け空間にさしかかると、床をたたく白杖の反響音が変わり、頬に触れる空気の質感も変わります。外へ向かう扉の前ではエアカーテンが勢いよく風を吹き出し、風除室内では気圧の変化を実感します。外へ出れば点字ブロックがあり、誘導ブロックと警告ブロックの踏み心地が違います。これら普段は全く意識せずにやり過ごしていた情報は、ステップ2を経た参加者にとって重要なシグナルに変わります。センサーを全開にして歩く参加者の姿は、ステップ1の不安に満ちたそれとは大違いでした。
こうして、90分ほどの短い講座が終了しました。後日参加者から話を聞くと、駅のホームでは音サインに耳をそばだて、点字ブロックと見れば踏まずにいられない体質になったそうです。関心を持つことが理解への第一歩だとすれば、その入口は開けたのではないでしょうか。