神奈川県民ホールは日本人作曲家によるオペラを継続して制作上演して参りました。
開館40周年を迎えた本年(2015年)は、地元・神奈川県横浜市出身の黛敏郎にスポットをあて、
代表作であるオペラ「金閣寺」を上演いたします。この作品はベルリン・ドイツ・オペラが
当時の日本を代表する作曲家であった黛敏郎に委嘱し、
同歌劇場で1976年に初演されました。日本では91年の全幕初演以降、
97年、99年に上演され、今回は16年ぶりの待望の上演となります。
指揮・下野竜也、演出・田尾下哲、出演者は小森輝彦、宮本益光を中心に、
日本を代表する若い力が集結して創る新制作公演です。
三島由紀夫の原作による美しい世界観、黛敏郎の作曲による圧倒的音楽は、
我々に稀代のオペラ体験をもたらすことでしょう。
片山杜秀(音楽評論家)
黛敏郎の《金閣寺》は20世紀オペラの名作のひとつだと思う。歌詞はドイツ語。ベルリン・ドイツ・オペラの委嘱作だからだ。原作は三島由紀夫。物語のモデルは1950年の金閣寺焼亡。青年僧が放火した。オペラはこの事件に哲学的なドラマを見いだす。仏教で悟りを得るとは、あらゆる欲望を断ち切ることだ。
オペラでは、青年僧の溝口が悟りを得ようと金閣寺で修行する。しかし寺の建物が美しすぎる。欲望を断つべく修行しているのに、その場所が美への欲望を煽る。絶対の矛盾だ。この矛盾こそオペラのテーマ。主役は青年僧と金閣寺、が、金閣寺は歌えない。建物だから。そこで作曲家は「金閣寺を表すメロディ」をオーケストラに受け持たせる。強迫観念のようにキラキラした音で鳴り続け、主人公を魅惑する。《金閣寺》は普通のオペラのように「歌手対歌手」のドラマではない。軸になるのは「歌手対オーケストラ」。それから、執着を断つためには執着の対象を滅ぼすことを厭ってはならないという、仏教の中にある極端な教えを、青年僧に示唆し続けるのは、合唱だ。合唱はその種の経典も唱える。「お経」をやる。オーケストラと合唱の役目がとても重い。指揮者の腕の見せどころだ。管弦楽の響きで表現される金閣寺。それをどう舞台上に見せるか、あるいは見せないか。演出家の腕も試される。とにかく黛の音楽は圧倒的だ。独唱パートはドイツ語のアクセントや抑揚と「お経」の旋律やリズムを見事に掛け合わす。管弦楽と合唱は、黛が若い頃からストラヴィンスキーと伊福部昭に学んできた反復の魔術を極限まで披瀝する。終幕の最後の約15分間、主人公が、「執着を断て」と煽動する「お経コーラス」に背中を押され「金閣寺を表すメロディ」を粉砕しようとするくだりの暴力的陶酔は、まさに圧倒的である。
この名作は1976年のベルリンでの世界初演以来、内外で幾度か上演されてきた。しかし、作品が真価を発揮し、相応の評価を得ているとはまだ言えない。今回は指揮者と歌手と演出家に人を得ている。本番が待ち遠しい。
丹後半島成生岬の貧しい寺に生まれた溝口。右手に障害を持つ彼はコンプレックスにより世間に心を閉ざしがちであった。
僧侶である父から「金閣ほど美しいものはない」と聞かされ、後に青年僧として金閣寺住職・道詮に預けられる。夢想していた金閣に比べ、実際目にした金閣は美しいと感じることができなかったが、戦時下、空襲で焼け落ちるかもしれない運命を思うと、金閣は悲劇的美に輝いて見えた。しかし京都は戦火を逃れ、溝口は数多の屈折した経験を通し自身の中で固執化された美の象徴「金閣」に益々束縛されるようになる。
「自由になるためには金閣を焼かねばならない」―溝口は決然と金閣に向かい歩み始めた。
装置:幹子 S.マックアダムス
衣裳:半田悦子
照明:沢田祐二
音響:小野隆浩
合唱指揮:安部克彦
副指揮:石﨑真弥奈 沖澤のどか 林直之
コレペティートル:石野真穂 中原達彦 矢田信子
ドラマトゥルク・字幕:長屋晃一
演出補:田丸一宏
所作指導:市川笑三郎
原語指導:ミヒャエル・シュタイン
題字:武田双雲
宣伝美術:FORM::PROCESS
台本翻訳:庭山由佳
プロダクション・マネージャー:大平久美
舞台監督:八木清市
田尾下哲(演出家)
1950年7月2日未明、金閣寺が21才の青年僧の手にかかり全焼した。この事件をもとに、三島由紀夫が放火犯に溝口という名を与えて小説化したのが『金閣寺』、それをドイツ語のオペラ台本に翻案し、黛敏郎が作曲したのが本作・オペラ《金閣寺》だ。
金閣寺といえば金色に輝く完璧な姿が思い浮かぶが、1398年の創建以来550年の歳月を経た焼失以前の姿は、現代と異なり、金箔がはげかけ、落魄した様子であった。それでも不幸な身上の溝口にとって金を身に纏う金閣寺は、美の象徴、憧れであった。その美に反抗し、自らのコンプレックスを超えようと放火した、というのが原作者三島由紀夫の解釈である。オペラ台本では「寺と自分、美と自分は並び立たない」と語らせている。では、反抗から美の象徴を燃やしたとして、金閣寺を燃やすことは溝口にとってどういう意味を持っていたのだろうか。
戦争が金閣寺を破壊する、と溝口は思い込んでいたが、戦争が終わっても金閣寺は無傷のままだった。彼は金閣寺を前にしてこう語る。
「寺を焼く炎によってのみ、不死鳥が立ち上がって再び羽ばたくことが出来る」
金閣寺を不死鳥に喩える溝口には、金閣寺は破壊されるのではなく、燃やされねばならなかったのである。500年に一度、火中に飛び込み自らを焼き尽くすことで、その灰の中から幼鳥の姿となって再生する不死鳥を、溝口は建立から550年経った金閣寺に重ねていたのだろうか。溝口が夢想した再生とは何だったのだろうか…。
オペラ台本では、溝口の吃音は片手の不自由に書き換えられている。作品を読み解くうえで、このことが常に頭に引っかかる難題となった。独り言の時にはスムーズだが人に相対した際に吃音になる、という精神的障碍と、片手が生まれつき不自由であるという身体的障碍は大きく違う。また、溝口の悪友・柏木が抱える障碍である内翻足との近似性が高く、柏木が溝口に尺八を贈るエピソードも、原作と意味が全く異なってくる。他にも困難は少なくないが、今回、私たちは金閣寺を舞台に大きく据える。圧倒的な金閣寺に対する、一人の人間の苦しみ、乗り超えようと足掻く心理的葛藤を描きたい。
オペラ《金閣寺》、これは溝口の美に対する戦いを描いたオペラである。
松本徹(三島由紀夫文学館館長)
『金閣寺』は早熟な三島由紀夫が、30代に踏み込むとともに、満を持して書いた傑作です。豊饒な三島文学の魅力が、見事に集約されています。
そのため、読むひとは幻惑され、必ずしも十分に理解されて来たとはいえない面があるようです。いや、じつはひとによって異なった受け取り方が可能なのです。金閣という歴史建造物に象徴される、美なるものの多様な発現、それに振り回される若者のエロス、京都の古い禅寺ならではの難解な公案をめぐる応答、そして、孤独で内攻的な若者の放火に至る悲劇的道行きに立ち会うことになるのですが、それらが交差し、交響し、渦巻いて不思議な効果を上げるのです。
戦後の混乱期、文化財に関して衝撃的な事件がつづきました。昭和24年(1949)1月、法隆寺金堂壁画の焼失、翌年7月2日の金閣寺炎上です。ともに戦火を免れ、わが国の文化への誇りを辛うじで支えてくれる、残り少ない貴重なものと認識されていたのですが、金閣の場合は、大学に通う役僧による放火でした。
年齢がさほど隔たっていない三島は、半ばわがこととして受け止めたと思われます。そして、事件後6年にして書き出したのですが、美と醜、善と悪、エロスと死などと、メタフィジカルな問題を前面に押し出します。その点で、わが国では珍しい観念小説ですが、それだけ人々の内面に直接的に響く力を持ちました。
また、国境を越えて、高い評価をうけ、各国語に翻訳され、ドイツではオペラ化までされました。作曲は三島の友人であった黛敏郎ですが、台本はドイツ人によるドイツ語によるものです。
いま、この作品に向き合い、わたしたちはなにを受け止めるでしょうか。時代を越え、国境を越えて揺さぶられるものがあるのは、確実だと思います。
三浦雅士(文芸評論家)
三島由紀夫の小説『金閣寺』も、黛敏郎のオペラ≪金閣寺≫も、それぞれの領域における傑作である。『金閣寺』のオペラ化を企画したのはドイツ・オペラ劇場の総監督グスタフ・ゼルナー。黛ははじめ三島自身にオペラ台本を書いてほしいと依頼したが断られた。オペラにすることは結構だし、喜んで見に行くが、ドイツ表現主義風のオペラに手を貸す気にはなれないということだったらしい。だが、黛が依頼したのは1970年の夏、三島が自決するのはその年の11月なのだから、ドイツ表現主義云々の話はおそらくたんにイタリア・オペラ好みの持論を展開したにすぎないだろう。台本を手がけたのはゼルナーが推薦したクラウス・ヘンネベルクで、70年当時29歳。ちなみに三島は45歳、黛は41歳。三島が手がけていたらという思いを打ち消しがたいが、台本に黛の意見が浸透していたことは疑いない。小説もオペラも観念性が強い。三島も黛も根はドイツ的なのである。「美に対する反感」から金閣寺に放火した21歳の青年に何らかの共感を抱くということ自体、その事実を語っている。1991年の日本初演を聞いてそう思った記憶があるが、しかし、今回、聞き直して感じたのは、このオペラが――そして原作もまた――思っていたよりもはるかに深く時代を背負っているということだった。小説もオペラも太平洋戦争とその敗戦――アイデンティティの揺らぎ――を深く引き摺っている。いや、戦後一般、それこそ応仁の乱以前にまで遡る戦後一般を引き摺っている。むしろ観念性はそこから生じているという印象が拭いがたい。禅と浄土信仰を融合させた金閣寺そのものにそういう観念性が漂っていて、オペラでそれが強調されているのである。黛は、三島に取材したベジャールのバレエ『M』の音楽をも担当しているが、ベジャールの『金閣寺』の扱いもまた見事なものだった。そこでは金閣寺が舞台上でまるで手品のように消える。
黛さんには何度かインタヴューしたことがある。聞いておくべきだったと思うことが増える一方だが、いまや公演のなかでその声に接するほかない。今回の公演が待たれる理由である。
会場:大ホール
〒231-0023 横浜市中区山下町3-1
TEL:045-662-5901(代表)
FAX:045-641-3184
http://www.kanagawa-kenminhall.com/
- ●みなとみらい線=渋谷駅から東横線直通で35分!横浜駅から6分!
日本大通り駅から徒歩役6分 元町中華街駅から徒歩役12分 - ●JR=関内駅から徒歩15分
- ●市営地下鉄=関内駅から徒歩15分
- ●市営バス=芸術劇場・NHK前下車徒歩2分
横浜駅東口バスターミナル 2番のりば乗車(所要時間約25分)
桜木町バスターミナル 2番のりば乗車(所要時間役10分)
※上記のりばから発車するバスはすべて「芸術劇場・NHK前」を通ります。
但し、148系統急行線を除く。 - ●羽田空港から直行バス「山下公園・みなとみらい地区・赤レンガ倉庫」行
(約30分)「大桟橋」バス停下車 - ●県民ホール有料駐車場(84台)もご利用ください。
チケット料金
S席 10,000円(Sペア19,000円) /
A席 8,000円 /
B席 6,000円 /
C席 4,000円 /
D席 完売 /
学生(24歳以下) 2,000円
[チケットお取扱い]
チケットかながわ 0570-015-415(10:00~18:00) http://www.kanagawa-arts.or.jp/tc/ (24時間)
神奈川県民ホール窓口(10:00~18:00)
神奈川芸術劇場窓口(10:00~18:00)
音楽堂窓口(13:00~17:00月曜休)
神奈川フィル・チケットサービス 045-226-5107(平日10:00~18:00)
神奈川芸術協会 045-453-5080
チケットぴあ http://pia.jp 0570-02-9999 (Pコード 266-613)
イープラス http://eplus.jp (パソコン・携帯)
ローソンチケット http://l-tike.com/ (パソコン・携帯)
0570-000-407 (10:00~20:00)(Lコード 39504)
※やむを得ない事情により、出演者等が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
※学生券の取り扱いはチケットかながわのみ。枚数限定。
※就学前のお子様の入場はご遠慮ください。
託児サービス チャイルドサービス遊
託児料2,000円
TEL.045-790-4105
(月~土 9:00~18:00 公演1週間前までに要事前予約)
【関連企画】
●音楽講座 黛敏郎と「金閣寺」 講師:片山杜秀 |
11月7日(土) 14:00~15:30 神奈川県民ホール6F大会議室 一般800円 学生600円 お申込み:チケットかながわ |
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●文学講座 三島由紀夫と「金閣寺」 講師:松本徹 |
11月29日(日) 13:00~14:30 神奈川近代文学館ホール 一般800円 学生600円 お申込み:チケットかながわ [共催]神奈川近代文学館/公益財団法人神奈川文学振興会 |
●日本語による朗読劇 「金閣寺」 演出:田尾下哲・田丸一宏 台本:長屋晃一 オペラ「金閣寺」をもとに新たに台本を書き下ろして行う朗読劇。 少人数の俳優が演じることで、登場人物の心情が色濃く表現され、 物語の情景もより身近に感じることができます。 演劇好き、三島由紀夫ファンの方はもちろん、 オペラを観たことがない方、三島由紀夫の「金閣寺」を読んだことがない方にもおすすめ! ★ステージ見学 終演後は舞台に上がり装置を見学できます。演出家、舞台監督、スタッフにも質問してみましょう!
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11月29日(日) 16:00
大ホール 入場料:500円 (予約不要・当日現金にてお支払いください。) 小学生~高校生は無料 (入場の際、学生証を提示してください) オペラ公演チケット購入者は無料 (入場の際、チケットを提示してください) グループでの鑑賞を希望の方は、事前にお問い合わせください。 お問合せ:神奈川県民ホール事業課 045-633-3762 |
●各日14:30〜 プレトーク開催 幹子 S.マックアダムス |
12/5 = 田尾下哲×幹子 S.マックアダムス 12/6 = 田尾下哲×片山杜秀 |
後援:東京ドイツ文化センター /
神奈川県教育委員会/
横浜市教育委員会
助成:公益財団法人朝日新聞文化財団/
一般財団法人地域創造/
公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団
平成27年度文化庁劇場・音楽堂等活性化事業
主催:
(公益財団法人神奈川芸術文化財団)
お問合せ 神奈川県民ホール 事業課
TEL:045-633-3798